乗せる仕事

名人・谷寺伊織の朝は早い。契約農家から送られてきた切花を一本一本、いや花びらの一枚一枚までを丹念に確認するのだ。

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「おなじ蒲公英とは言っても色合い・香り・花びらの並びなど、そのどれもが独特の個性を持っています。その個性を最大限生かすにはどういう舞台を用意して、どのようにお客さまにお見せすればいいか、毎日が挑戦ですよ」

背筋を正して今日の蒲公英を手に取ると谷寺は静かに目を閉じ、イメージする。与えられる舞台は深い赤、透き通った白、その周囲に散らばる濃い緑、今日の舞台の鮮度はどうか、どの位置・どの角度で花を据えれば全体として最も美しく見えるのか。

谷寺が蒲公英を選ぶ時に重視するのは "調和" この一言に尽きる。時にはあまりに美しすぎるがゆえにその蒲公英を作品に使えないことさえある、そう谷寺は言う。

「私どもの仕事は飾りつけ。どこまで行っても所詮脇役なのです。主役をどう盛り上げるか、全体の演出の中でどういう役割を果たすべきなのか、それを考えなければいけません。目立ちすぎず、かと言って埋没するでもない。そういうポジションが、私の理想です」

今となっては信じがたいことだが、谷寺のような職人が不当に低い扱いを受けていた時代がある。しかしいま、谷寺はその時代に感謝している。

「確かに私どもの仕事が誰にでもできる、単調でくだらない仕事の代名詞として使われていた時代もありました。しかしその時代があったからこそ、私はこの仕事について深く考え、そしてこれは一生を賭けるに値する仕事だと確信するに至ったのです」

谷寺の顔に刻まれた深い皺が満足げに歪む。

・・・そして時代は変わった。その仕事はかつてのように蔑みを持って語られるのではなく、創造性のある仕事の代名詞として語られている。先日発表された人気職業ランキングにもその職業の名前が並ぶ。3年連続で堂々の一位だ。

「刺身に蒲公英(タンポポ)を乗せる仕事」


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終わり